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2016/12/08

家読で読書立国に! 家読運動の目指すもの

| by:ts
 経済協力開発機構(OECD)が2015年に72か国地域の15歳約54万人を対象に実施した学習調達度調査(PISA)で、、日本の15歳の読解力が前回4位から8位に低下した問題が、新聞・テレビで大きく報じられている。子どもの教育や学力向上には、ランクをあげた他教科よりも「読解力」低下が問題視されるのは、「読解力」問題はすべての学力の基礎能力に影響するばかりか、人間として生きていく生涯を通し、実生活の判断能力の基礎になるものだからだと私は定義している。いわば人間性の基礎になる能力だと認識してることだ。

 PISA調査は3年ごとに行われるが、読解力部門国際順位は2000年の第1回調査で8位、第2回14位、第3回15位、第4回8位、第5回4位、第6回8位となっている。2000年の8位の時に文部科学省関係者らは驚きの色をにじませながらも、わが国の子どもの学力低下を認めていなかったという。しかしながら第2回目の14位転落の発表で、文科省は「もはや日本の子どもたちは世界のトップレベルにはない」と、学力向上アクションプランや読解力向上へのプログラムが実施されることになった。

 すでにその当時、学校での「朝の読書」は全国1万校以上の学校で取り組まれ、「毎朝本を読むことで集中力と読解力が身につき、学力向上に効果を表している」と、全国の朝の読書実践校から報告が寄せられていた。そして、国会(文教委員会)でも「朝の読書」効果が審議され、2002年に当時の遠山敦子文部科学大臣が表明した「学びのすすめ」政策で、「朝の読書奨励」が打ち出されたのである。
 
 2006年の第3回調査で日本の15歳児の「読解力」さらに下落し15位となった。この第3回調査で驚きの事態があった。第1回から第2回まで読解力世界一は読書国として知られるフィンランドであり、教育関係者や読書運動関係者らはこぞってフィンランドへ視察に出かけた。ところが日本が15位に落ち込んだ年、なんと韓国がフィンランドを抜いて世界のトップに躍り出たのである。2000年は6位、2003年は2位、そして2006年には1位に上り詰めた。その7、8年前から韓国は、「朝の読書」を韓国全土に広げたいと政府関係者や読書運動団体などが目白押しのごとく「朝の読書」視察にやってきた。その効果が韓国では短年で現れた。
 
 世界一の読解力はどうして育まれたのか? 日本のメディアが韓国の教育人的資源部(日本の文科省にあたる)に取材した記事によると、「読書教育(朝の読書)の成果だ」と端的に答えている。当然のことであろう。日本では教育行政や学校が「朝の読書」実践に躊躇している時期に、韓国では全国の学校で「朝の読書」が実践され、実践が遅れていた日本の学校へ「朝の読書」の親善交流に韓国の子どもたちがやってきた。教育や読書活動では韓国が先を走っていることは事実である。今では日本の教育関係者らがICT教育を学ぶために韓国へと研修視察に行く有様でもある。

 今回のPISA調査でも、読解力低下要因は、「コンピューターを使った形式に移行したことの不慣れ」もあると文科省は説明しているそうであるが、「中高校生の読書量の減少」が大きな要因と指摘する専門家の声が多い。
 新聞記事を引用すれば『読解力は文科省は日本が最も力を入れてきた分野だ。「PISAショック」と呼ばれた2003年調査で8位から14位に急落し、文部科学省は05年から朝の読書活動などを推進した」(読売新聞2016.12.7)とあり、「言語活動の充実」などが盛り込まれた結果、「こうした成果が表れ、09年と12年の調査では読解力が8位、4位と「V字回復を遂げた」(同記事)と解説されている。さらに同紙で国語教育専門の大学教授が「中高校生の読書の機会を増やすための工夫が必要」と指摘している。やはり読解力向上の決め手は日常の「読書」習慣にあることは間違いのないことである。

 一方で、「朝の読書」は全国の学校で広がっているのに、なぜ、読解力が低下するのかと疑問視する教育者もいる。ここで問題なのは、その「朝の読書」活動、最近は、特に首都圏にその傾向があるようだが、「学力向上のために朝の読書をやめて、ドリル再開」という学校が増えつつあるということ。さらに「朝の読書」は週1回程度という学校も多い。1日10分か15分の朝の読書。毎日行うことでその成果は現れてくるが、週1回2回程度での成果はまず見込めない。さらにその朝の読書の時間は「読み聞かせ」活動にすり替えられていることも、子どもたちの自主読書をむしろ妨げている事情にもなっている。受け身と自主行動では子どもたちの能力開発はちがうものになるはすである。

 国際学力テストにおいて、日本の15歳児の「読解力」は、国の対策も奏してPISA第1回調査のレベルに回復し、20012年に4位まで向上したが、今回また第1回・第4回と同等の8位に戻った要因は何にあるのか、もともと日本の子どもの読解力レベルはこの程度のものだとしたら、2012年の4位はどのような効果が働いたのかについて国はよく検証すべきであると思う。それと、2007年度から始まった全国学力テストの結果分析では「朝の読書を実施している学校は、実施していない学校よりも正答率が高い」という傾向や、「朝の読書は算数にも効果がある」ということも実証されてきた。にもかかわらず「朝の読書」や子どもたちの読書環境づくりに国はどのような支援事業を行ってきたのであろうあろうか。
 
 私が「朝の読書」運動に関わっているときに、全国の学校から苦情が寄せらた一番の問題は、「子どもたちが朝の読書で読む本が学校にない」という本不足問題がクローズアップされた。図書室といえどもある本は薄汚れた古い本がわずかにあるだけで。読む本がなくて教科書を読んでいる子どもの心情を私たちはどう受け止めたらいいのであろうか。図書館や書店のない町や村では読む本を調達できなくて「朝の読書」が成り立たない、と嘆く教師もいた。

 国も学校の図書環境を整備するために1993年に「学校図書館図書標準」を制定し、学校の図書購入予算として5カ年計画で約500億円を措置した。さらに2002年度に5カ年計画で総額650億円、2007年度の5カ年計画で総額1,000億、2012年度からの5カ年計画で総額1,000億円が措置された。いわばこの23年間に3,150億円分の本が揃うことになるのだが、この予算は地方交付税措置のためその使い道が限定されてない。本来は本を買う予算が、道路工事や建設事業等にあてられ、図書購入予算に計上している自治体は毎年3割程度しかない。そのためこの図書予算制度では20数年たっても学校図書館の図書環境はいっこうに充実していないのが現状である。学校の図書予算は年間1万円程度から50万円以上という格差があり、教育の平等原理は学校図書館整備にはあてはまらないことも問題であろう。
 学校図書館は学校教育にとってもっとも重要な知的資源環境である。その学校図書館が満足できる状態にないことに社会は関心をもたねばならない。読書が学力向上に大きな影響をもたらすことは衆知のことである。難しい教育システムを論じる以前の問題として学校図書館の整備から始めるべき,それが読解力向上へ対策にもなる。
 特にPTAの皆さんにお願いしたのは、お子さんたちの学校の図書館がどの程度の環境にあるのか見学していただき、もし蔵書が劣悪であってもそれは学校の責任ではなく行政の問題。役所へ陳情、あるいは地元の議員に相談して学校図書館図書整備費を議会請願してもらうことが有効な方法になる。

 子どもの健全成長と学力向上に「読書」の効果あることは学者でなくとも民間人だれでも知っていることである。ではその読書環境づくりに国家はどのような政策を施しているのであろうか。読書活動はボランティアの協力がなければ全国的な活動は見込めない。とはいえボランティア活動にはかかる費用などで限界がある。その対策として独立行政法人国立青少年教育振興機構の「子どもゆめ基金」助成制度がある。
 この制度は、「未来を担う夢を持った子どもの健全育成の推進を図ることを目的に、民間団体の様々な体験事業や読書活動等への支援」がされている。全国の民間読書ボランティアが頼れる唯一の助成制度で、地域の民間ボランティアの活動を支える救いの神のような存在だ。しかしこれも読書活動面では期間内のイベント事業のための助成になる。
 
 地域の子どもの読書活動を推進するために国は、「読書コミュニティ拠点形成支援」委託事業を平成23年度からはじめている。この事業は都道府県を対象にしたもので、「地域における子どもと本をつなぐ人たちのネットワークを構築」することがねらいだ。この事業の成果目標に特に注視したいことは、「全国学力・学習状況調査の結果により、児童生徒の読書活動は、学力に影響を及ぼすことから、小中学生の不読者を減少させ、1か月の読書量を増やす」ことにある。基本的に文科省は「全国学力テスト」の結果統計から「学力に及ぼす読書の影響」は認めているところである。

 しかしながらこの大きな予算が助成される「読書コミュニティ拠点支援」事業は、県が対象なので、市町村らが望む読書支援事業になつていないところが問題でもある。地域の将来を担う子どもたちの健全成長を願って地域では日常的な読書活動が陽を見ないところで営まれている。そういう地域性を救い上げることなく、単なる県レベルの読書イベントで行われているのが現状で、イベントが終わればそれまでのこと。当事業のねらおである「読書ボランティアの活動を充実させ・・・読書ボランティア団体のネットワーク構築」などありえない事業になっているのが現状ではないか。一過性のイベント支援よりも、地域で日常的に活動している運動や事業を助成することを国家政策として考えるべきである。そのために公平な事業手段として市町村対象の「読書企画コンペ」も考えられるのではないだろうか。
 
 いずれにしても、「子どもゆめ基金」も「読書コミュニティ拠点支援事業」もイベント支援助成であり、「読書活動」に特化した助成事業がこの国の政策にないことが、地域読書活動を発展させられない最大の要因であろうと思う。少なくとも「読書コミュニティ形成支援」事業は、市町村が自主企画コンペできるような仕組みにしないと、地位社会の読書活動は、地域にやる気があってもその芽を育て上げることが困難になっている。やはり、国を挙げた読書推進は、地域までこまやかな目を向けていかないと実効に結びつかない。

 今年10月、松野博一文部科学大臣が「教育再生会議の再開」を表明した。これは「家庭や地域の教育力の低下」が指摘され、学校、家庭、地域の役割を分担して、地域の教育力向上をめざすというものだが、特に「家庭の役割」というプライベート領域に行政がどのように踏み込んだ対策を講じるのか期待したいところである。
 
 私たちの読書運動も学校の読書環境づくりをめざした「朝の読書」が全国の学校に普及したことで、これから必要なのは家庭教育問題だとして、10年前に「家読」運動を立ち上げた。 70年半ばから発生したテレビゲームから電子ゲームに変わり、インタネット、携帯電話から現在のスマホと、子どもたちはメディア漬けで育っている。そのために家族との会話やふれあい時間がが失われ、子どもの問題を親が知らない。いじめ問題はその基礎環境である家族の会話やコミュニケーションがなければ改善の見込めないものであろうと思われる。

 読書は学力向上の前に、子どもと家族のコミュニケーションを有効にし、子どもたちの豊かな成長に効果があるもので、読書は人間成長の源になるものだ。読書を習慣化することで集中力と読解力が備わり、創造力や探索力も深められる。「朝の読書」も子どもたちの心の平安を目的に考えたものだが、学力向上という現象はあくまで付加価値的なものであった。最近の学力テストの結果でも、「読書と親子の会話・子どもとのコミュニケーションが学力向上に効果あり」と検証された。

 PISA調査で日本の15歳児の学力は、2000年の「数学的リテラシー」で1位になったものの、2015年まで全分野で台湾・上海・シンガポール・香港等アジア勢の後塵を拝していることになる。この世界トップにあるアジア諸国の教育制度はどうなっているのだろうか。
 日本が学力で世界一になれないのあるならば、読書運動で世界一になるほうが早道かもしれない。すでにわが国には全国的にボランティア活動による読書運動が取り組まれている。特に全国民を対象にした「家読(うちどく)」は国民運動になりえる特色と要素をもっている。ただ残念なことにそういう各地の読書活動が統括されていないことに、この国の読書運動の曖昧さがつきまとう。

 そこで私たちは各地で読書活動に取り組んでいる人たちの意見交換や情報共有を図る場としての「うちどくネットワーク」づくりに着手した。全国都道府県別にネットワークを組織し、そのうえで「全国うちどくネットワーク」を構築したいと考えている。
 私の長い読書運動体験から、運動というものは活動者らの意見交換や情報を共有するコミュニケーションネットワークがない限り、地域や社会での定着と継続と発展につながらない。それを地域ごとに、さらに全国広域ネットワークへと拡大を図る構想である。このネットワークが全国規模で構築されたとき、国民発の「読書立国」と称することができるのではないだろうか。「家読」運動には、それを成し遂げる意義と推進力をもっている。
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