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カウンタ

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代表のひとりごと   ~家読推進プロジェクト 代表 佐川二亮~
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2017/05/31

祝 FMゆーとぴあ「小さな朗読コンサート」300回放送

| by:ts
 FMゆーとぴあ(秋田県湯沢市)と家読推進プロジェクトの共同企画で、毎週月曜日午後12時30分(再放送毎週木曜日午後12時30分)から放送されている「小さな朗読コンサート」は、2017年6月5日放送で300回目を迎える。パーソナリティは羽後町立図書館長原田真裕美さんで、番組で紹介される作品の著者に近況や創作の舞台裏などのインタビューが行われ、原田さんが作品を朗読する構成になっている。

 第1回目の放送は2011年8月1日に「ロッタちゃんとじてんしゃ」(作:アストリッド・リンドグレーン/絵:ヴィークラント/訳:山室静/偕成社刊)の紹介と朗読でスタートした。同年8月22日放送から番組に著者自らの解説も盛り込んでリアルタイムの著者とリスナーの関係をつなごうと作者インタビューを試み、その第1回出演者に児童文学作家の宮川ひろさんが登場されて、ご自身の子ども時代の家族の絆を絵本に託した「文字のない絵本」(ポプラ社刊)の背景について感動的に語られた。
 以後、わが国を代表する絵本作家の特集形式で著者インタビューと原田真裕美さんの朗読が放送され続けている。元アナウンサーの経歴のある原田真裕美さんの朗読は、繊細で情感あふれる感性と研ぎ澄まされた朗読力に、インタビュー出演した作家から、自分の作品がこのように朗読されて大変うれしいと称賛されている。

 朗読の音楽担当は家読テーマソング「こころつないで」の作曲者で、家読推進プロジェクト事務局羽柴よしえさんが、毎週、原田さんが朗読する絵本のイメージ音楽の作曲を担当している。すでに300曲近くのオリジナルイメージ音楽を作り出したことで、これも尋常なことではない。まさにこの二人の女性の並みならぬ才能と努力と忍耐力が300回の放送を重ねてきたことにねぎらいと敬意を表したい。

 地域の地道なメディア活動とはいえ、世界中で唯一の本格的な絵本朗読番組「小さな朗読コンサート」。読書推進賞等の顕彰制度をお持ちの機関は、ぜひこの番組にも関心を向けてもらいたいものである。

 最後に、これまでインタビュー出演され、番組制作に協力されてきた作家の方々にも感謝を表し下記にご紹介したい。(敬称略・出演順)
 宮川ひろ、柳田邦男、あべ弘士、浜田桂子、村上康成、鈴木まもる、星野ヒデ子、いせひでこ、中川ひろたか、山口勇子、新井満、くすのきしげのり、さえぐさひろこ、ひろかわさえこ、あまんきみこ、いわむらかずお、市川宣子、かこさとし、黒井健、ピーター・レイノルズ、森山京子、長谷川義史、宮西達也、間瀬なおたか、内田麟太郎、よしながこうたく、細谷亮太、きむらゆういち、サトシン、角野栄子、野村たかあき、香山美子、真珠まりこ、のぶみ、 の皆さん。
14:28
2017/03/12

「朝の読書」30年目の危機か?

| by:ts
 今年2月14日に文部科学省が「学習指導要領改定案」を公表した。今回の改定は、よりよい社会を創るために社会と連携・協働しながら未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む「社会に開かれた教育課程」の実現が基本方針となっている。根源的なことはこれまでの「生きる力を育む」教育をめざすことにかわりはない。

 今回の改定で注視されるものは、2020年度に全面実施される「外国語教育」の対応にある。これまで小学校では2008年度から5,5年生を対象に始まった英語教育が2020年度に教科化される。同時に英語教育の早期化を図るために3,4年生の英語学習が必修化になる。そのために、3,4年生の英語学習をどこに組み込むか、時数の確保が小学校の緊急課題になった。

 英語教育導入の時数確保について、昨年8月に開催された中央教育審議会会議録によれば、「15分の短縮時間学習の設定(モジュール学習)」をしなければならい。新たに増加する授業時数である。その時数確保には、「長期休業期間における学習活動」や「土曜日の活用でコマ数増」など、「地域や学校の実情に応じ、組み合わせながら柔軟な時間編成を可能としていく」と指摘されている。教育委員会や学校現場の都合の良い時間確保をせよ、という投げかけになっているようだが、「長期休業・・・」や「土曜日の活用」などは制度的なこともあるだろうから、現実的なものではない。とすると、一番安易に朝の10分、15分の時数を考えると、その時間帯は現在全国の学校で実施されている「朝の読書」を「英語学習に切り替えるという方法が状況的には簡単にできることになる。
 
 平成19年度の改訂の時にも、増加した年間の授業時数の確保について「朝の10分間に行われている読書活動」をそれに充てよ、と具体的な指導が示されている。そのために当時から、上記指導により「朝の読書は取りやめになった」という嘆きの声が多くの学校から寄せられた。

 「朝の読書」は本来、子どもたちの精神安定や心の栄養素を育む読書活動とし手1988年に千葉県の私立女子高校で発生した。当時は全国の学校で授業ベルが鳴っても席につかない騒然さ、遅刻者が多く、いじめや不登校が蔓延して、さらに学級崩壊や学校崩壊で学校の危機とも言われていた時代である。少年の殺傷事件や犯罪事件も多く、全国の学校が教科書以前の心の教育が必要だ、教育の基礎は読書にある、と「朝の読書」は全国に広まった。学校の朝は静粛に包まれ、子どもたちは熱心に読書をすることで豊かな人間性が育まれ、本を読むことで集中力と読解力がつくことで学力向上にも成果をみせるようになった。
 OECDのPISA調査で日本の子どもたちの学力が問題視されて、2007年から再開された「全国学力テスト」の結果分析で、「朝の読書をしている学校は、していない学校よりも正答率が高い」とは文部科学省が実証したことでもある。

 「朝の読書」が子どもたちの豊かな成長と教育に果たしている貢献は学校関係者ならだれでも知っていることである。子どもたちの英語力も大事な教育になるが、その前に母国語をしっかり身に着けることはもっと大事なことではないだろうか。学校現場では今ICT教育の整備が進んでいる。それも効率的な教育になるのであろうが、子どもたちは学校でも家庭でも電子メディア漬けになる。電子メディアは便利な反面は子どもたちの脳細胞にはよくない状態をもたらすと脳科学者たちは警鐘をならしている。電子メディア漬けで育った子どもたちは「感情のコントロールができない」「コミュニケーション力が身につかない」という傾向が強いとも言われる。

 「朝の読書」の時間が学校現場でなくなったら、また30年前の時代へ逆もどりになるのではないか。教科書は知恵は教えてくれるが、人間性は育んでくれない。今回の改訂の主旨は「生きる力を育む」ことと「社会に開かれた教育課程の実現」にあるようだが、それが「朝の読書」と引き換えになるようであるならば、その整合性をどう理解してよいのだろうか。全国の子どもたちと、教育者たちと歩んできた「朝の読書」は、来年30周年を迎える。
14:18
2016/12/08

家読で読書立国に! 家読運動の目指すもの

| by:ts
 経済協力開発機構(OECD)が2015年に72か国地域の15歳約54万人を対象に実施した学習調達度調査(PISA)で、、日本の15歳の読解力が前回4位から8位に低下した問題が、新聞・テレビで大きく報じられている。子どもの教育や学力向上には、ランクをあげた他教科よりも「読解力」低下が問題視されるのは、「読解力」問題はすべての学力の基礎能力に影響するばかりか、人間として生きていく生涯を通し、実生活の判断能力の基礎になるものだからだと私は定義している。いわば人間性の基礎になる能力だと認識してることだ。

 PISA調査は3年ごとに行われるが、読解力部門国際順位は2000年の第1回調査で8位、第2回14位、第3回15位、第4回8位、第5回4位、第6回8位となっている。2000年の8位の時に文部科学省関係者らは驚きの色をにじませながらも、わが国の子どもの学力低下を認めていなかったという。しかしながら第2回目の14位転落の発表で、文科省は「もはや日本の子どもたちは世界のトップレベルにはない」と、学力向上アクションプランや読解力向上へのプログラムが実施されることになった。

 すでにその当時、学校での「朝の読書」は全国1万校以上の学校で取り組まれ、「毎朝本を読むことで集中力と読解力が身につき、学力向上に効果を表している」と、全国の朝の読書実践校から報告が寄せられていた。そして、国会(文教委員会)でも「朝の読書」効果が審議され、2002年に当時の遠山敦子文部科学大臣が表明した「学びのすすめ」政策で、「朝の読書奨励」が打ち出されたのである。
 
 2006年の第3回調査で日本の15歳児の「読解力」さらに下落し15位となった。この第3回調査で驚きの事態があった。第1回から第2回まで読解力世界一は読書国として知られるフィンランドであり、教育関係者や読書運動関係者らはこぞってフィンランドへ視察に出かけた。ところが日本が15位に落ち込んだ年、なんと韓国がフィンランドを抜いて世界のトップに躍り出たのである。2000年は6位、2003年は2位、そして2006年には1位に上り詰めた。その7、8年前から韓国は、「朝の読書」を韓国全土に広げたいと政府関係者や読書運動団体などが目白押しのごとく「朝の読書」視察にやってきた。その効果が韓国では短年で現れた。
 
 世界一の読解力はどうして育まれたのか? 日本のメディアが韓国の教育人的資源部(日本の文科省にあたる)に取材した記事によると、「読書教育(朝の読書)の成果だ」と端的に答えている。当然のことであろう。日本では教育行政や学校が「朝の読書」実践に躊躇している時期に、韓国では全国の学校で「朝の読書」が実践され、実践が遅れていた日本の学校へ「朝の読書」の親善交流に韓国の子どもたちがやってきた。教育や読書活動では韓国が先を走っていることは事実である。今では日本の教育関係者らがICT教育を学ぶために韓国へと研修視察に行く有様でもある。

 今回のPISA調査でも、読解力低下要因は、「コンピューターを使った形式に移行したことの不慣れ」もあると文科省は説明しているそうであるが、「中高校生の読書量の減少」が大きな要因と指摘する専門家の声が多い。
 新聞記事を引用すれば『読解力は文科省は日本が最も力を入れてきた分野だ。「PISAショック」と呼ばれた2003年調査で8位から14位に急落し、文部科学省は05年から朝の読書活動などを推進した」(読売新聞2016.12.7)とあり、「言語活動の充実」などが盛り込まれた結果、「こうした成果が表れ、09年と12年の調査では読解力が8位、4位と「V字回復を遂げた」(同記事)と解説されている。さらに同紙で国語教育専門の大学教授が「中高校生の読書の機会を増やすための工夫が必要」と指摘している。やはり読解力向上の決め手は日常の「読書」習慣にあることは間違いのないことである。

 一方で、「朝の読書」は全国の学校で広がっているのに、なぜ、読解力が低下するのかと疑問視する教育者もいる。ここで問題なのは、その「朝の読書」活動、最近は、特に首都圏にその傾向があるようだが、「学力向上のために朝の読書をやめて、ドリル再開」という学校が増えつつあるということ。さらに「朝の読書」は週1回程度という学校も多い。1日10分か15分の朝の読書。毎日行うことでその成果は現れてくるが、週1回2回程度での成果はまず見込めない。さらにその朝の読書の時間は「読み聞かせ」活動にすり替えられていることも、子どもたちの自主読書をむしろ妨げている事情にもなっている。受け身と自主行動では子どもたちの能力開発はちがうものになるはすである。

 国際学力テストにおいて、日本の15歳児の「読解力」は、国の対策も奏してPISA第1回調査のレベルに回復し、20012年に4位まで向上したが、今回また第1回・第4回と同等の8位に戻った要因は何にあるのか、もともと日本の子どもの読解力レベルはこの程度のものだとしたら、2012年の4位はどのような効果が働いたのかについて国はよく検証すべきであると思う。それと、2007年度から始まった全国学力テストの結果分析では「朝の読書を実施している学校は、実施していない学校よりも正答率が高い」という傾向や、「朝の読書は算数にも効果がある」ということも実証されてきた。にもかかわらず「朝の読書」や子どもたちの読書環境づくりに国はどのような支援事業を行ってきたのであろうあろうか。
 
 私が「朝の読書」運動に関わっているときに、全国の学校から苦情が寄せらた一番の問題は、「子どもたちが朝の読書で読む本が学校にない」という本不足問題がクローズアップされた。図書室といえどもある本は薄汚れた古い本がわずかにあるだけで。読む本がなくて教科書を読んでいる子どもの心情を私たちはどう受け止めたらいいのであろうか。図書館や書店のない町や村では読む本を調達できなくて「朝の読書」が成り立たない、と嘆く教師もいた。

 国も学校の図書環境を整備するために1993年に「学校図書館図書標準」を制定し、学校の図書購入予算として5カ年計画で約500億円を措置した。さらに2002年度に5カ年計画で総額650億円、2007年度の5カ年計画で総額1,000億、2012年度からの5カ年計画で総額1,000億円が措置された。いわばこの23年間に3,150億円分の本が揃うことになるのだが、この予算は地方交付税措置のためその使い道が限定されてない。本来は本を買う予算が、道路工事や建設事業等にあてられ、図書購入予算に計上している自治体は毎年3割程度しかない。そのためこの図書予算制度では20数年たっても学校図書館の図書環境はいっこうに充実していないのが現状である。学校の図書予算は年間1万円程度から50万円以上という格差があり、教育の平等原理は学校図書館整備にはあてはまらないことも問題であろう。
 学校図書館は学校教育にとってもっとも重要な知的資源環境である。その学校図書館が満足できる状態にないことに社会は関心をもたねばならない。読書が学力向上に大きな影響をもたらすことは衆知のことである。難しい教育システムを論じる以前の問題として学校図書館の整備から始めるべき,それが読解力向上へ対策にもなる。
 特にPTAの皆さんにお願いしたのは、お子さんたちの学校の図書館がどの程度の環境にあるのか見学していただき、もし蔵書が劣悪であってもそれは学校の責任ではなく行政の問題。役所へ陳情、あるいは地元の議員に相談して学校図書館図書整備費を議会請願してもらうことが有効な方法になる。

 子どもの健全成長と学力向上に「読書」の効果あることは学者でなくとも民間人だれでも知っていることである。ではその読書環境づくりに国家はどのような政策を施しているのであろうか。読書活動はボランティアの協力がなければ全国的な活動は見込めない。とはいえボランティア活動にはかかる費用などで限界がある。その対策として独立行政法人国立青少年教育振興機構の「子どもゆめ基金」助成制度がある。
 この制度は、「未来を担う夢を持った子どもの健全育成の推進を図ることを目的に、民間団体の様々な体験事業や読書活動等への支援」がされている。全国の民間読書ボランティアが頼れる唯一の助成制度で、地域の民間ボランティアの活動を支える救いの神のような存在だ。しかしこれも読書活動面では期間内のイベント事業のための助成になる。
 
 地域の子どもの読書活動を推進するために国は、「読書コミュニティ拠点形成支援」委託事業を平成23年度からはじめている。この事業は都道府県を対象にしたもので、「地域における子どもと本をつなぐ人たちのネットワークを構築」することがねらいだ。この事業の成果目標に特に注視したいことは、「全国学力・学習状況調査の結果により、児童生徒の読書活動は、学力に影響を及ぼすことから、小中学生の不読者を減少させ、1か月の読書量を増やす」ことにある。基本的に文科省は「全国学力テスト」の結果統計から「学力に及ぼす読書の影響」は認めているところである。

 しかしながらこの大きな予算が助成される「読書コミュニティ拠点支援」事業は、県が対象なので、市町村らが望む読書支援事業になつていないところが問題でもある。地域の将来を担う子どもたちの健全成長を願って地域では日常的な読書活動が陽を見ないところで営まれている。そういう地域性を救い上げることなく、単なる県レベルの読書イベントで行われているのが現状で、イベントが終わればそれまでのこと。当事業のねらおである「読書ボランティアの活動を充実させ・・・読書ボランティア団体のネットワーク構築」などありえない事業になっているのが現状ではないか。一過性のイベント支援よりも、地域で日常的に活動している運動や事業を助成することを国家政策として考えるべきである。そのために公平な事業手段として市町村対象の「読書企画コンペ」も考えられるのではないだろうか。
 
 いずれにしても、「子どもゆめ基金」も「読書コミュニティ拠点支援事業」もイベント支援助成であり、「読書活動」に特化した助成事業がこの国の政策にないことが、地域読書活動を発展させられない最大の要因であろうと思う。少なくとも「読書コミュニティ形成支援」事業は、市町村が自主企画コンペできるような仕組みにしないと、地位社会の読書活動は、地域にやる気があってもその芽を育て上げることが困難になっている。やはり、国を挙げた読書推進は、地域までこまやかな目を向けていかないと実効に結びつかない。

 今年10月、松野博一文部科学大臣が「教育再生会議の再開」を表明した。これは「家庭や地域の教育力の低下」が指摘され、学校、家庭、地域の役割を分担して、地域の教育力向上をめざすというものだが、特に「家庭の役割」というプライベート領域に行政がどのように踏み込んだ対策を講じるのか期待したいところである。
 
 私たちの読書運動も学校の読書環境づくりをめざした「朝の読書」が全国の学校に普及したことで、これから必要なのは家庭教育問題だとして、10年前に「家読」運動を立ち上げた。 70年半ばから発生したテレビゲームから電子ゲームに変わり、インタネット、携帯電話から現在のスマホと、子どもたちはメディア漬けで育っている。そのために家族との会話やふれあい時間がが失われ、子どもの問題を親が知らない。いじめ問題はその基礎環境である家族の会話やコミュニケーションがなければ改善の見込めないものであろうと思われる。

 読書は学力向上の前に、子どもと家族のコミュニケーションを有効にし、子どもたちの豊かな成長に効果があるもので、読書は人間成長の源になるものだ。読書を習慣化することで集中力と読解力が備わり、創造力や探索力も深められる。「朝の読書」も子どもたちの心の平安を目的に考えたものだが、学力向上という現象はあくまで付加価値的なものであった。最近の学力テストの結果でも、「読書と親子の会話・子どもとのコミュニケーションが学力向上に効果あり」と検証された。

 PISA調査で日本の15歳児の学力は、2000年の「数学的リテラシー」で1位になったものの、2015年まで全分野で台湾・上海・シンガポール・香港等アジア勢の後塵を拝していることになる。この世界トップにあるアジア諸国の教育制度はどうなっているのだろうか。
 日本が学力で世界一になれないのあるならば、読書運動で世界一になるほうが早道かもしれない。すでにわが国には全国的にボランティア活動による読書運動が取り組まれている。特に全国民を対象にした「家読(うちどく)」は国民運動になりえる特色と要素をもっている。ただ残念なことにそういう各地の読書活動が統括されていないことに、この国の読書運動の曖昧さがつきまとう。

 そこで私たちは各地で読書活動に取り組んでいる人たちの意見交換や情報共有を図る場としての「うちどくネットワーク」づくりに着手した。全国都道府県別にネットワークを組織し、そのうえで「全国うちどくネットワーク」を構築したいと考えている。
 私の長い読書運動体験から、運動というものは活動者らの意見交換や情報を共有するコミュニケーションネットワークがない限り、地域や社会での定着と継続と発展につながらない。それを地域ごとに、さらに全国広域ネットワークへと拡大を図る構想である。このネットワークが全国規模で構築されたとき、国民発の「読書立国」と称することができるのではないだろうか。「家読」運動には、それを成し遂げる意義と推進力をもっている。
12:55
2016/02/12

東日本大震災復興の絵本『なみだは あふれるままに』

| by:ts
 今年は東日本大震災5年目の節目になる。これまで震災復興への希望、勇気、そして人々の心の癒しとして関連絵本が出版されてきた。これまで私なりに震災復興三部作と位置付けて紹介してきた絵本に『ハナミズキのみち』(文・淺沼ミキ子/絵・黒井健/金の星社)、『かぜのでんわ』(作絵・いもとようこ/金の星社)、『希望の木』(新井満・文/山本二三・絵/東京法令出版)である。この三作品は陸前高田市・大槌町・陸前高田市と岩手県に関連する絵本である。

 2月24日にPHP研究所から発売になる『なみだは あふれるままに』(内田麟太郎・文/神田瑞季・絵/定価:本体1,300円・税別)は津波で町の中心部の8割が瓦礫と化し、人口の約1割の町民が尊い命を失われた宮城県女川町が舞台になる。

 当時町の中学校に通う神田瑞季さんは、大津波で大好きだったおじいちゃんと多くのともだちを失いました。押し寄せる津波を見続けた少女はその惨事をどう受け止めておられたのであろうか。瑞季さんのその時の思いが、震災後まもなく1枚の復興絵はがき「生きる」に描かれることになる。5人の子どもたちが廃墟となった町の姿をみつめている。後ろ姿で手を繋ぎ、ヘルメットをかぶり、スコップを背負っていることから、その絵は復興への希望を感じさえるもの以外に言いようがない。

 後年、瑞季さんは絵本作家内田麟太郎さんとの対談で、「そこに、そのときの私の思いがすべて反映されていたと思います」と述懐する。内田さんにとっても、「あの絵が問いかけたもの・・・それがきっかけで、今回の絵本の話が進んだ」と語られている。

 東日本大震災でどれほど多くの人々が大切なものを失ったか、そしてその悲しみを乗り越えて復興への希望に立ち向かう人たちのことを、この絵本で語り合っていただきたい。

 FMゆーとぴあ「小さな朗読コンサート」2月29日(月)午後12時30分から内田麟太郎さんと神田瑞季さんの『なみだは あふれるままに』についてのインタビューを放送。
 番組へのアクセスは  http://www.simulradio.jp
 
22:20
2015/05/06

東日本大震災復興支援絵本三部作

| by:ts
 「家読は、絵本を家族みんなで声に出して読むことだけでいいのです」と機会あるごとに私は語りかけてきた。全国の学校に普及した「朝の読書」の時間、学校の先生方にも「朝の読書では、先生方はできるだけ絵本を読んでください」とお願いをしてきた。それは「絵本」は人と人とのコミュニケーションづくりと、人が生きていくための大切なテーマ(愛・勇気・夢・命・自然・友だち・家族そして生きることの意味と死について)すべてが織り紡がれているということ。だから幼いころに絵本を読んで育った子どもたちは、大人になってもみずみずしい感性を備えつけ、人生を前向きで創造的な考え方で送っていると言ってもいいのかもしれない。要するに子どもの頃に絵本のある環境で育ったか否かということは、その人の人間性を理解するうえでいみのあることなのだ。

 私は「家読」の方法を語るに難しい読書論はしないことにしている。近年は数多くある絵本の分野から、「命」の大切さをテーマにした3作品を持ち歩いては紹介している。

 一冊目は『ハナミズキのみち』(文・淺沼ミキ子/絵・黒井健/金の星社)。2011年3月11日、陸前高田市で東日本大震災で、市役所の臨時職員として市民の避難誘導に任務していた25歳の息子さん健(たける)さんが津波にのまれた。健さんと再会したのは十日後の遺体安置所であった。毎日泣いて暮らしていた母親(ミキ子さん)に健さんの声が聴こえてきた。「おかあさん・・・もう泣かないで。楽しかったことを思いだしてわらっていてね。ぼくは、ここから見ているからね。おかあさん、おねがい。ぼくが大すきだったハナミズキの木をたくさんうえてね。津波が来たときみんながあんぜんなところへにげる目印じるしに。ハナミズキのみちをつくってね。(中略)ぼくは木になったり花になってみんなをまもっていきたいんだ」。淺沼さんは健さんのメッセージを後世に伝えるための活動に取り組んでおられる。

 2冊目は『かぜのでんわ』(作絵・いもとようこ/金の星社)。岩手県大槌町のガーデンデザイナー佐々木格さんの自宅の庭に「風の電話ボックス」がある。東日本大震災で家族や友人や大切な人を亡くされた方々が毎日この電話ボッツクスにやってくる。電話はボックスの中にあるだけでつながってはいないけれども、「もう、あえなくなったひとに、じぶんのおもいをつたえると、かならずそのひとにとどく・・・」といわれている。絵本作家いもとようこさんはこの事実をもとに動物に擬人化させてつらい思いを電話に託す。
 ある日、うさぎのおかあさんが、電話ボックスにやってきて、「もしもし、ぼうや。げんきにしてる? いいこにしてる? いつものように『ただいま─』って、かえってきて! そして『おかあさーん』って、よんでちょうだい! いつものように・・・いつものように・・・いつものように・・・いつものように、こもりうたをうたうね!」といもとさんは電話にこめられた想いを絵本で物語る。

 そして3冊目は陸前高田市の”奇跡の一本松”と言われた松の木がなぜ生き残ったのか?
作家・作詞作曲家で「千の風になって」の作者新井満さんが物語で解き明かし、「もののけ姫」や「時をかける少女」等多くの美術監督を手掛けられた山本二三さんの絵になるDVD付き絵本『希望の木』が、5月11日に東京法令出版から発売になる。
 陸前高田市にあった高田松原には7万本もの松の木があったが、2011年3月11日の巨大津波で松林が全滅し、1本の松だけが奇跡的に残った。なぜ、その1本だけが助かったのか?
「もし、その1本松を人間にたとえたとしら・・・」。1本松を8歳ぐらいの少女に擬人化させてそのなぞ解きに芥川賞作家新井満さんが物語を展開する。大津波で失われた魂の希望と心のささえが希望の木に託される「希望と再生」がテーマの絵本である。

 この絵本の制作者たちは、「希望の木」を家族で、あるいは学校や地域で大勢の人たちに見て、読んでもらいたいという形式が、読み語りが可能な絵本映像版DVDが付いている。
 震災前の平和な光景の陸前高田市の町。そしてあの日の出来事。復興に取り組む人々の生き方なども紹介されながら絵本「希望の木」のページがめくられる。

 私の「家読」用絵本紹介で「ハナミズキのみち」と「かぜのでんわ」に、新しい震災復興支援絵本「希望の木」が加わった。この3冊の絵本は読書のすすめを超えて、「こころを伝える絵本」としての存在が強い。私は自分勝手にこの3冊の絵本を、東日本大震災心の復興支援3部作と位置付けている。ぜひ、全国のご家庭でもこの3冊の絵本を子どもたちと一緒に読み語っていただきたい。



17:06
2015/03/10

東京大空襲と「ガラスのうさぎ」

| by:ts
 「戦争」ー今でもこの二文字のため、たくさんの人たちが死んでいる。顔も知らない、もちろん憎しみもない人たちを国の命令のもと、殺さなければならなかった人たち、彼らに殺されていった人たち。この人たちは一体何をしたというのでしょうか。太平洋戦争中、私たちの両親や妹たちは、いったい何をしたというのでしょう。
 指導者たちは「国を護る」の四文字でその国の進むべき道を戦争へと導いていく。
 戦争を起こそうとするのは、人の心です。戦争を起こさせないようにするのも、人の心です。
 戦争を起こさせないという心の輪を強く結んで、被爆国日本、戦災で大地を焼かれた日本から世界中の人々に呼びかけていきましょう。たくさんの犠牲者のために。        合掌
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 今日は2015年3月10日。東京大空襲から70年になる。上記文章は、『ガラスのうさぎ』(1977年刊行)の著者、高木敏子さんが2007年に出版した『ラストメッセージ~ガラスのうさぎとともに生きて』(メディアパル)の序文で書かれた平和への願いのメッセージである。

 高木さんは1932年、東京市本所区緑町(現在の東京都墨田区)のガラス工場を経営する家に生まれた。小学校6年生の時に戦争が激しくなって神奈川県二宮に疎開しているときに、3月10日の東京大空襲で母親と二人の妹さんが亡くなられた。焼野原になった自宅周辺。家族の遺体はみつからない。家があったとおぼしきところから、ガラスのうさぎだけが見つかった。
 その後、地方にいた父親が二宮に敏子さんを迎えにきた。これからお父さんと一緒に生活ができると心躍らせながら、二宮駅で東京へ向かう電車を待っていた。そこへ米軍機が駅舎に機銃掃射をしてきた。駅舎の椅子の下にもぐっていた敏子さんは奇跡的に助かったが、お父さんは亡骸になっていた。死亡診断書をもって役場へ火葬許可書をもらいに行く敏子さん。小学6年生の女の子が一人で火葬の手配までおこなった。新潟でお父さんと二人で生活をできることをなにより喜んでいた敏子さんのくやしさは想像を超えるものがある。
 東京大空襲で母親と二人の妹を、そして二宮駅で米軍の機銃掃射で父親を、3人の大切な家族を亡くした12歳の少女。それでも身内を頼りながらたくましく生きていく敏子さん。後年、敏子さんが当時のご自身の生きざまを描いたのがあの名作「ガラスのうさぎ」(金の星社)である。

 「ガラスのうさぎ」は感動の書として課題図書にもなって、学校で多くの子どもたちに読み継がれてきた。同書が刊行されてからちょうど30年目、敏子さんと私はある文学賞贈呈式のパーティで談笑していた。「高木先生、ガラスのうさぎから30年になりますね。30年もたてば、また社会に対して訴えたいことがあるのではないですか?」と訊ねた。
 
 高木さんは「あるある、胸がさけるほど、ある」という意見の一致から、「ラストメッセージ」という本が生まれることになった。実際に本づくりがはじまったときに、高木さんは「この本は私の最後の本にするつもりだから、『遺言』という題名にしたい」との希望があった。
 
 原稿執筆中に体調を崩され、入院することになった。こっそりと病室を訪ねてゲラ校正をしている時に、高校3年生のお孫さんが見舞いにこられた。高木さんに言わせると文学少年だという。お孫さんに、「今ね、おばあちゃんの本をつくっているところなんだよ。おばあちゃんは『遺言』という題名にしたいと言っているんだけど、どう思う」と投げかけてみた。すると頭のよさそうな文学少年は、「だったら、ラストメッセージとしたほうがスマートだと思う」。このお孫さんのアイデアで「ラストメッセージ」という本で出版されることになった。話はまた高木さんの序文に戻る。高木さんが8年前に『ラストメッセージ』序文で書かれた「指導者たちは『国を護る』の四文字でその国の進道を戦争へと導いていく」という言葉そのものが、現在のこの国の指導者たちが言っていることと同じ文言のようである。70年前の今日の未明、300機ものB29爆撃機が東京を襲い、10万人以上もの市民が死亡した。
 
 「戦争を起こそうとするのは、人の心です。戦争を起こさせないようにするのも、人の心です」 
 高木敏子さんの平和メッセージを世界の人々に伝えたい。
17:24
2014/04/06

「読書」と「親子の会話」学力向上に効果

| by:sagawa
 2014年3月28日に平成25年度全国学力・学習状況調査「保護者に対する調査」が発表された。本調査研究は文部科学省委託研究で前記「保護者に対する調査」の結果を活用した学力に影響を与える要因分析を国立大学法人お茶の水女子大学が追記調査したもので、家庭の社会経済的背景(家庭所得・父親学歴・母親学歴)が高い児童生徒の学力が高いことと、不利な環境にも関わらず「読書」と「親子の会話」等で学力向上に効果を見せていることも検証された。
 
 不利な環境においても、「読書」(保護者が子どもに本や新聞を読むようにすすめている、子どもが小さい頃に絵本の読み聞かせをした、子どもと一緒に図書館へ行く)や「親子の会話」(親子で学校での出来事や友だちのこと、社会の出来事やニュース等)などに積極的な行動をしている児童生徒の学力は高い傾向にあるという。

  「読書」と「学力向上」の関連性については既に2006年に全国学力調査の結果統計などから広島大学大学院教育学研究科山﨑博敏教授らによって、「朝の読書をよくしている児童は国語・算数・数学の学力は高い」ということが実証されている。今回の要因分析で「親子の会話」や「子どもとのコミュニケーション」行動が子ども学力向上に効果があるということが統計的に実証されたことは大いに共鳴できることである。
 それは、すでに20年ほども前に、「朝の読書」を実践している学校現場で、「朝の読書で読んだ本を家庭で親と話し合う児童生徒の生活態度は良好で、学力も高い」という立証がされていた。その後、「朝の読書」の家庭版として、家族のコミュニケーションづくりを目的とした「家読」運動を企画する際、「読書による親子の会話が人間力と学力を高める」という教育効果が大きな運動要素になったからである。

 現代社会の大きな問題のひとつに家族のコミュニケーション崩壊がある。電子メディアの発展で子どもたちはネット漬けになり、家族との会話がさらに希薄になっている。メディアの影響は子どもたちに孤独感を植え付け、人間関係をうまくつくれない。子どもたちの8割はネット依存症になっているという調査もある。そういう子どもたちとどう向き合えばいいのか、親が子どもとの接し方も不得手になっている傾向も強い。
 今回の「全国学力・学習調査」お茶の水女子大学調査研究では、保護者自身の行動のあり方も学力向上に影響することが示唆されている。教育行政も「学校教育」と同レベルで「家庭教育」のあり方を考えていかないと、子どもの問題と学力向上につながらないということをよく研究されて「家庭教育」施策を実施してほしいと願うものである。

21:52
2014/01/11

国際学力調査にみる日本の子どもの学力

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 昨年(平成25年)12月に発表になった2012年国際学力調査で、日本の子どもたちの学力がトップクラスにランクされた。、平均点の国際比較で、「読解力」4位、「数学的リテラシー」7位、「科学的リテラシー」4位と同調査開始以来最も高い高い順位になった。

 この国際学力調査は経済協力開発機構(OECD)が世界65カ国の15歳児約51万人を対象に、実生活に生かす知識や能力がどれだけ活用できるかを測る学習到達度調査(PISA)を3年ごとに実施している。日本の子どもたちの学力到達度は世界のトップクラスであると認識されていたが、この調査が発表されてこの国の教育行政関係者は唖然とした。調査の回が重なるにつれて、日本はトップレベルにないという実態を突き付けられたからである。

 ちなみに第3回PISA調査(2006年)では、「科学的リテラシー」は6位とまずまずの順位であったが、「数学的リテラシー」は10位で「読解力」は15位と目も当てられない状態だった。この劣悪な教育実態を正確に把握するため、国は2007年度から「全国学力テスト」を30年ぶりに実施することになるが、学力の基盤は「読解力向上」がキーワードになると、2002年に当時の文部科学大臣が「学びのすすめ」中で「朝の読書」を奨励し、国家も推進推進することになった。さらに2005年には「読解力向上プログラム」を策定して「読解力」を高める施策を実施してきた経緯がある。当然の道理であるが、「学力向上」には「読解力育成」絶対条件になり、それを強化するために国や教育委員会、学校現場で読書活動の充実に向けた取組がなされてきたわけである。
 
 2012年国際学力調査の概要を見ると、かつて「世界一の学力水準」を誇り、世界的に注目を集めたフィンランドは3部門とも日本よりも下の順位にある。回っている。当時のフィンランドも世界一の学力の要因に「読解力世界一」があった。
そして第4回調査からは上海が読解力で世界一となり、「数学的」「科学的」も名実世界一となっている。

 2006年に韓国がフィンランドを抜いて「読解力」で世界一に躍り出たとき、その要因を韓国政府筋では「読書教育(朝の読書)の成果だ」とマスコミのインタビューに答えた。そいう読書による教育的評価の成果を生み出した関係者らは認識が強いが、学校現場からは、教育委員会から「学力向上を目指すために朝の読書を廃止。学習時間に充てる」という指示があるという声も聞く。

 「読解力」というものは学力分野のものだけでなく、人間として社会の中で生きていくための「判断力」「行動力」の司令塔になるものなので、子どもの能力教育の基礎としてもっと重要視してほしいものだ。

 今回の「国際学力調査」の結果を踏まえ、文科省は「読解力向上に関する今後の「子どもの読書活動の推進」施策として、「家庭、地域、学校における取組の推進~家庭における読み聞かせなど読書活動に資する情報提供、地域における読書コミュニティの形成の推進、学校における朝読書などの読書活動の推進 など」と、学校と地域の読書活動のあり方をを明確に示した。 
21:53
2014/01/06

追悼林公先生「朝の読書に夢を馳せたひと」

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 新しい年を迎えて正月休みも終わり仕事始めとなる1月6日、千葉県八千代市の斎場で一人の教育者の告別式がしめやかに執り行われた。その教育者とは今から26年も前に千葉県の私立女子高校で、生徒たちに豊かな心を育ませたいという思いをこめて「朝の読書」という読書活動を生み出した林公(はやし・ひろし)先生である。ご遺族のお話によれば、12月29日の午前4時に他界されたという。享年70であった。
 
 林先生は1943年埼玉県に生まれ、東大哲学科を卒業されて出版社勤務を経て船橋学園女子高校教諭・市川学園教諭を務められた。80年代はテレビゲームの影響などで子どもたちの心が荒む一方で、全国の学校で少年犯罪の増加や学級崩壊が蔓延していた時代でもある。林先生の勤務校でも生徒たちに落ち着きがみられず、同僚先生たちもスムーズに授業に入れないという声も聞かれるようになっていた。
 
 そこで林先生は、今の子供たちには教育以前に心の安定と持たせる環境づくりが重要だと、その方策を試行錯誤した結果、生徒と教師の全員が同じ時間に読書をする方法を考え出したのである。読書をするなら朝の早い時間がよい、そのためにホームルームの時間に10分間本を読ませる「朝の読書」という形ができあがった。

 この「朝の読書」を全校で取り組むために職員会議に提案するが、なかなか賛同者が現れない。学校の総意が得られない状況の中で、同僚の大塚笑子教諭が自分のクラスで「朝の読書」を実践してみせた。生徒たちは真剣に本に向かい始めたのである。その光景を見た多くの同僚たちが賛成派になって、全校一斉の「朝の読書」が1988年4月に当時の船橋学園女子高校でスタートした。

 学校ぐるみで取り組んだ「朝の読書」で、生徒たちには様々な成果が現れた。林先生は生前、その成果を「奇跡に近い」とよく話されていた。ほどなくその成果報告がみなさんもご存じの「朝の読書が奇跡を生んだ」(1993年・高文研)という本にまとまった。私の「朝の読書」への関わりはこの本との出会いから始まった。

 1995年、「朝の読書」を運動化して全国の学校へ広めたいと、林公先生に提案し、林先生の同僚で最初「朝の読書」実践者である大塚笑子先生も誘って全国運動に取り組むことになった。97年には運動を鮮明にするために朝の読書推進協議会を発足した。メンバーは林・大塚・佐川の3人のみである。まずこの3人がいれば事は成せるという信念だけが頼りであった。

 運動の初期は、生徒と教師の全員が同じ時間に読書をするという活動が、林先生の学校で提案したときと同様に、この国の教育行政にはまったく理解してもらうことが困難な事であった。私たちは「子どもの教育に読書は大事な事なんだ」という志のある教師たちを仲間に誘おうという全国行脚を始めた。毎週土曜日の午後から3人で地方へ出かけた。昼飯は駅前の立ち食いそばですませることもあった。当時は「朝の読書」実践校100校が目標だった。今から思うと、たったこれだけの校数を目標に苦労していたなんてことがうそのようである。

 関西での子どもによる連続殺傷事件が発生した年に、全国の学校が「朝の読書」実践に動いた。子どもの教育は、まず心の教育から始まらないと、まっとうな人間教育はできない、という教育哲学の見直しが学校現場で始まったことによるもののようだ。

 しかしながら、学校の仕事と奉仕活動の無理がたたって、林先生は3年目から地方行脚が不可能になった。その分、文筆活動に精を出された。いつも「子どもと先生たちに夢と希望を持たせたい」というのが口癖でもあった。「朝の読書」は子どもたち以前に、全国の学校の先生たちに勇気と元気を与えたことは事実でもある。「朝の読書」で立ち直った学校、救われた学校も多くある。

 全国の学校で「朝の読書」はすでに日常の当たり前の活動になった。小学校は100%近い実施率になっている。毎朝読書をすることで子どもたちは集中力と読解力がついた、読書で学力向上にもつながっている、という実践効果がありながらも、地域によっては行政から「学力向上強化するために朝の読書を廃止せよ」という指示もあって困っている学校もある。なんとも目先の対策に目くじらをたてて本末転倒な策ではないだろうかと思われる。
 
 学校の教育もIT化へ進んでいる。授業はこれまでの教科書本位ではなく、電子黒板とデジタル教科書で知識を詰め込まれる。家庭での復習・予習などはタブレットで勉強するようになる。非常に効率的な勉強の方法になるのであろうが、問題は、デジタル環境で育った子どもたちの脳の構造は、「感情のコントロールができない」「コミュニケーション能力が身につかない」という弊害も覚悟しなければならないという専門家の指摘もある。要するに感情(感性)が育まれないという危険性もあるので、学校においては、少なくとも「朝の読書」の時間だけは大事に守り通してほしいと願うばかりである。

 最後に、奥様の林先生へのお別れの言葉を紹介したい。
 「”子どもの頃、犬を連れて自然の中を走り回ったんだ”と夫が昔 懐かしそうに話してくれたことがありました。雄大な景色を眺め育ってきたからか、心はどこまでも広く、優しい人柄の夫。庭の木に鳥がとまればにこりと微笑み、柿をついばみ始めると、ほら食べてる、と嬉しそうな表情を浮かべていたものです。胸に残った光景は、俳句や文章にしたためておりました。また我が子や可愛い孫のためだと自分でカルタを作って、大騒ぎしながら楽しげに笑っていた光景も忘れられません。面影を偲ぶほどに、まだまだ傍らにいたかった、してあげたいこともあったのにと別れが惜しまれます・・・・」
 告別式で林先生に最後のお別れをしたとき、林先生のお顔は幸せそうな笑みを浮かべておられ、20年前に初めて林先生と出会った時と同じ笑顔だ、と思われた。夢を追い求めた林先生やすらかに。
21:54
2013/07/10

子どもの読書活動に関する政府の考え方

| by:sagawa
 今年5月17日に文部科学省の「第三次子どもの読書の推進に関する基本的な計画」が閣議決定された。第三次計画の基本的方針は「①家庭、地域、学校を通じた社会全体における取組(家庭、地域、学校が担うべき役割の明確化など)」「②子どもの読書活動を支える環境を整備」「③子どもの読書活動に関する意識の普及」で、家庭・地域・学校がそれぞれの役割を果たし、民間団体とも緊密に連携して相互協力を図ることが求められ、国及び地方公共団体は子どもの自主的な読書活動の推進に資するための環境を整備し、適切な支援と推進を図るとされている。

 第三次基本計画の新しいビジョンは、家庭の役割として「定期的に読書の時間を設けるなどして家族で読書の習慣付けを図ったり、読書を通じて家族で感じたことや考えたことを話し合ったりするなど、読書に対する興味や関心を引き出すように子どもに働き掛けることが望まれる。家庭における読書活動の取組は家族間のコミュニケーションを深めることにもつながるものである」と、同基本計画でではじめて「家読」が国の施策として推進されることが明示された。

 6月14日には政府の「第2期教育振興基本計画」が閣議決定になった。「同基本計画」は平成25年度から29年度の主として初等中等教育段階の児童を中心とした教育振興のための総合的基本計画で、「第2期」の基本的敵方向性は「①社会を生き抜く力の養成」「②未来への飛躍を実現する人材の養成」「③学びのセーフティネットの構築」「④絆づくりと活力あるコミュニティの形成」となる。地方自治体はこの基本計画を参考に、それぞれの地域事情を織り込みながら「振興計画」を作り上げていくことになる。

 さて本論に入るが、わが国の読書推進政策は文部科学省策定の「子どもの読書活動推進計画」は知られるところであるが、中教審答申がらみの政府施策「教育振興基本計画」でも学校と家庭(地域)読書活動は重要な推進案件になっている。ここでは当基本計画の中で、「今後5年間で実施すべき教育上の方策」で「読書活動」推進に対して政府がどのような考え方にあるのかを必要な項目を抽出して紹介してみる。
 
 まず<今後5年間で実施すべき方策>の「基本施策2.豊かな心の育成」にみる基本的な考え方では、
 「子どもたちの豊かな情操や規範意識、自他の生命の尊重、自尊感情、他者への思いやり、人間関係を築く力、社会性、公共の精神、主体的に判断し、適切に行動する力などを育むため、道徳教育や人権教育を推進するとともに、体験活動や読書活動、生徒指導、青少年を取り巻く有害情報対策等の充実を図る」。そのための主な取り組みとして「学校における体験活動及び読書活動の充実」を図るということ。具体的には「生命や自然を大切にする心や他人を思いやる優しさ、社会性、規範意識などを育てるため、学校における自然体験活動や集団宿泊体験等の様々な体験活動の充実に、関係府省が連携して取り組む。また豊かな情操等を育む読書に子どもたちが親しむよう、全校一斉の読書活動など子どもの読書活動を推進」するという。

 <5年間における具体的方策>「基本政策11.現代的・社会的な課題に対応した学習等の推進」では、
 「個々人が、社会の中で自立して、他者と連携・協働しながら、生涯にわたって生き抜く力や地域の課題解決を主体的に担うことができる力を身に付けられるようにする」ために、「現代的・社会的な課題に対応した学習や、様々な体験活動及び読書活動が主体的な実践につながるよう、各学校や公民館、図書館等の社会教育施設による提供のみならず、一般行政や民間等の多様な提供主体とも連携して、推進する」。
 そして主な取り組みとして「子どもの読書活動の推進に関する基本計画等に基づいた、全校一斉の読書活動や公立図書館と学校の連携の推進、子どもの読書活動の重要性などに関する普及啓発等を通じた子どもの読書活動を推進する」とある。

 以上、「第2期教育振興基本計画」における子どもの読書活動についての考え方と方策は大変すばらしいものであり、大いに賛同できるものであるが、私たち家読推進プロジェクトはすでにこの基本計画の趣旨の具体的な活動にとりくんでいるのである。その一つは家族ふれあい読書「家読(うちどく)」運動であり、さらに子どもたちが自らの考えと行動で主体的に読書推進役になるための「子ども司書養成制度」の実践である。いずれ、全国に誕生する子ども司書たちが、学校の「朝の読書」と家庭の「家読」をつなぐ有効な軸になり、それが社会参加型活動になっていくというものである。
 
 「教育振興基本計画」がこの国の子どもの教育の指針となるものであるならば、少なくとも政府が示した「我が国の危機回避に向けた4つの基本的方向性に基づく8つの成果目標と30の基本施策」を地方教育行政の必須課題として、進捗状況と結果検証を求めるひも付き政策にしないと、基本計画の目的は達せられないであろう。
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